あなたの仕事、本当はもっと高く売れます!やりがい搾取に遭わないために気をつけるべきこと

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「給料は安くてもいいから、やりがいのある仕事がしたい」という意見を耳にすることがあります。

仕事の何に重きを置くかは、人それぞれの価値観の問題です。「仕事でいちばん大切なのはやりがいだ」と考えること自体は、別に悪いことではありません。ほとんどの人が平日は多くの時間を仕事に費やすことになるのですから、自分が心から打ち込めることを仕事にすべきだという意見も、それなりに説得力はあるように思えます。

とはいえ、「給料は安くてもいいから」という考え方には少し引っかかるものがあります。仮に、やりがいさえあれば給料が安くても人が集められるというのであれば、企業にとってこんなに都合のいい話はありません。実際、このように仕事にやりがいがあることを強調して適正価格よりも低い賃金で労働者を働かせる「やりがい搾取」は、ブラック企業を中心によく行われています。

「やりがい搾取」に遭ってしまうと、様々な点で悲惨です。どんなにハードに働いても、給料は安いままなのでお金はまったく貯まりませんし、激務が原因で身体を壊す可能性も高くなります。そうやって健康を損なって十分に働けなくなれば、すぐに他の人と取り替えられてしまいます。どんなに一生懸命働いても、何も残りません。

社会人の多くが会社勤めをして会社から給料をもらっていますが、見方を変えるとこれは会社に対して社員が自分の労働力を売っていると見ることもできます。そしてやりがい搾取に遭っているという状態は、本当はもっと高く売れるのに、労働力を安く売っているというのと同じです。冷静に考えると、これはかなりもったいないことだと言えます。

では、このような「やりがい搾取」に遭わないためには、どんなことに気をつければよいのでしょうか?

「やりがい」と「給料」はトレードオフの関係にはない

まず前提として、「やりがい」と「給料」はトレードオフの関係にないということを知っておく必要があります。

よく「給料は安いけどやりがいはある」とか「給料は高いけどやりがいはない」という表現を耳にしますが、実際には「給料は高いし、やりがいもある仕事」や「給料は安いし、やりがいもない仕事」だって存在します。この事実は、やりがいと給料が二択ではないということを意味します。

にもかかわらず、これらは「どちらかを手に入れれば、どちらかを捨てなければならない」といった文脈で語られることが少なくありません。まずは、そのような固定観念から脱却する必要があります。仕事にやりがいを求めたいという人はもちろん求めてよいと思いますが、やりがいのある仕事をするためには給料を諦めなければならないということにはなりません。その仕事にやりがいがあろうとなかろうと、給料は労働に見合うだけの正当な額を求めるべきです。

そもそも、やりがいは人から与えられるものではありません。基本的には、自分で見出すものです。にもかかわらず、やりがいを仕事の報酬の一部であるかのように捉えるのは間違っています。やりがいの有無とは完全に別の物差しとして、提供している労働力と給料の額が見合っているかはつねにチェックしたほうがよいでしょう。

労働力のダンピングでみんな不幸になる

ここまで読んで、もしかしたら「どんなに給料が安くても、本人がそれで満足しているならそれでいいのでは?」と思った人もいるかもしれません。たしかに、お金についての捉え方は人それぞれですので、給料は別にそんなにたくさんいらないという人がいることもわかります。しかし、話はそういった「個人の価値観の問題」で済むほど単純なことではありません。

やりがい最優先で相場より不当に安い給料で仕事をする人が増えてしまうと、結果的に正当な価格で仕事を請けたいと思っている人が害されることになります。つまり、労働力のダンピング(不当廉売)が行われるのと同じです。やりがいさえあればどんなに安くても仕事をするという人たちがたくさんいるとなれば、わざわざ高い給料を払う企業はなくなります。その結果、業界全体の賃金水準が下がり、気づくとその業界で働く人全員が不幸になってしまいます。

たとえば、アニメ業界などは既にこれに近い状態になっていると言えるのではないでしょうか。アニメーターの賃金の低さと労働の苛酷さはたびたび話題になりますが、その裏には「好きなアニメの仕事に関われるなら給料の額にはこだわらない」という価値観で働く人たちに頼りきってきたという業界の構造があります。

労働環境が劣悪な職場では、長く働き続けることはできません。身体を壊してしまったら、仕事のやりがいを追求することもできなくなります。やりがいをもって仕事に打ち込みたいのであれば、給料は安くてもいいなどとは思わずに、仕事に見合うだけの報酬がもらえないなら働かないという勇気も必要です。

やりがいを求めないという選択肢も許容されるべき

また、そもそも「仕事にやりがいは求めない」という人がいても僕はまったく構わないと思います。

諸外国に比べると、日本では仕事というものが特別視されすぎています。「仕事は金のためだけにやっている」とか「本当は働きたくないけど、お金がないと生活できないので仕方がなく働いている」などと言おうものなら、なんだか残念な人だと思われてしまうでしょう。

しかし、仕事を人生の主軸におかずに、プライベートの趣味や家族と過ごす時間を主軸において、仕事はお金を稼ぐ手段だと割り切るという選択肢だって十分認められてよいはずです。現実問題として誰もが仕事でやりがいを感じられるわけではないですし、人生は仕事だけで構成されているわけではありません。「好きなことを仕事にしろ」と全員に強制するのは、単なる押し付けです。

やりがい搾取にひっかからないためにできること

では、僕たちはやりがい搾取をしようとしている企業をどうやって見抜けばよいのでしょうか。すぐできることとしては、まずは会社のホームページを見て、社員の声などを読んでみるといいでしょう。そこにやりがい搾取を彷彿とさせるキーワードが載っていた場合は要注意です。

たとえば、「成長」という言葉。割にあわない仕事を任せるときに「成長」という言葉は実はかなり便利な言葉です。難しい仕事やきつい仕事をしてもらいたいけどそれに見合う給料が払えないというのであれば、「成長の機会を与える」と言っておけば給料の足りない分をそれで補填したかのように見せることができます。

また、他にも「お客様の感謝の言葉」であるとか「お客様の笑顔」といった労働の奉仕的側面を強調する言葉を多用する会社も要注意です。これらは「他人の役に立っているのだから、給料はそんなに高くなくてもいいだろう」という思考につながります。

「やりがい搾取」という概念を最初に提唱した東京大学の本田由紀教授は、著書『軋む社会――教育・仕事・若者の現在』(双風舎、2008年)の中で、(1)趣味性、(2)ゲーム性、(3)奉仕性、(4)サークル性・カルト性を仕事に付加することが、やりがい搾取を容易にするからくりだと指摘しています。仕事の中にこのような要素が含まれており、かつ給料の額が労働に見合っていないとすれば、それはやりがい搾取の被害に遭っているのかもしれません。

せっかく高く売れるものを、わざわざ安く売るのは非常にもったいないことです。これは売買されるものが労働力でも同じです。個人間の売買と違って、労働力の売買では買う側(企業)がどうしても強くなりがちです。騙されないようにしっかりと知識を身につけて、つねに適正価格の取引を心がけましょう。

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